パパラギソング11曲と本「パパラギ」     



 
                       「ババラギ」とは

      
 「パパラギ」とは、サモアの言葉で「白人」のことです。
       今から、ちょうど100年前の20世紀初頭、サモアの島の酋長がヨーロッパを旅して島へ帰り、
       人々に、「パパラギのようになるのは止そう。私たちは、今のままで十分幸せだから」と演説をしました。

       1970年代に、その演説集がヨーロッパ各国語で出版され、評判を呼び、
       1981年には、アジア初の日本語版が発売されました。

        なぜ、文明果つる島の人々は、当時最先端のヨーロッパ文明を拒否したのでしょうか? 
       
        その[なぜ]の答えを本から読み取り、共感する読者の輪はあっという間に世界中に広がりました。
        日本では、文化圏の狭問でとかく反応が鈍いとされる、名古屋地区からの注文が増え続け、
        調べてみると、笠木透というDJが、ラジオで何度も「パパラギ!」と叫んでいるそうなのです。

        10年後に本書が100万部を超えるロングセラーとなった裏に、岐阜・中津川に根差して
        全国を行脚するフォークシンガー、笠木透さんの力があったことは、紛れもない事実です。
 
             1981年『パパラギ』(立風書房)出版時の編集担当者 松田悠八(ラウラウの会)






           



     パパラギソング11曲のタイトル


      1
 ラウラウ国歌         (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      2 あの娘のためにタノアを削る  (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      3 パパラギの家             (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      4 パパラギとサモア 娘と男たち  (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      5 パパラギの神         (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      6 一本のヤシの木        (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      7 陽が美しく輝いておれば    (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      8 まやかしの束になった紙    (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      9 サモアの時間         (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      10 私の島サモア         (詩:笠木透 曲:安達元彦)

      11 サモアにあるのは人間の仕事  (詩:笠木透 曲:安達元彦) 
       
                                                                                      


                                



 
   本「パパラギ」 はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集
               エーリッヒ・ショイマン 著   岡崎照男 訳






パパラギ
(立風書房版)
初版発行:1981年
 



パパラギ
(SB文庫版)
初版発行:2009年
 

絵本パパラギ
(学研プラス版)
初版発行:2002年
 

パパラギ-PAPALAGI
(講談社英語文庫版)
初版発行:2007年
 

  本「パパラギ」の章立て  (立風書房版から引用したそれぞれの章のタイトル)

    ・パパラギのからだをおおう腰布とむしろについて

    ・石の箱、石の割れ目、石の島、そしてその中に何があるかについて

    ・丸い金属と重たい紙について

    ・たくさんの物がパパラギを貧しくしている

    ・パパラギにはひまがない

    ・パパラギが神さまを貧しくした

    ・大いなる心は機械よりも強い

    ・パパラギの職業について--そしてそのために彼らがいかに混乱しているか

    ・まやかしの暮らしのある場所について・束になった紙について

    ・考えるという重い病気

    ・パパラギは私たちを彼らと同じ闇の中に引きずりこもうとする


                                 

                              (酋長ツイアビ夫妻 1910年頃)



 
  
   笠木透さんは、本「パパラギ」と出会った時のことを次のように記録している

  
   
     朝早い、土曜日の放送(東海ラジオ)を終えて、名古屋の町を歩いていた。
    疲れが残っていて、どこか、ものうい。1981年の5月だった。 地下街の本屋に入った。
    平積みの本の山で、「タパ」が表紙になった、一冊の本が、ぼけた眼にとびこんできた。
    「タパ」、トンガの人たちが、木の繊維から作る紙で、こげ茶のもようが刷ってあり、その素朴さが 、
    まえから、ぼくは、とてもすきなもののひとつだ。
    これが「タパ」でなかったら、手にとることもなかったに違いない、「パパラギ」との、それが出会いだった。

    いつもなら眠ってしまう、中津川へ帰る電車の中で、読みはじめた。
    眠いはずなのに、どんどんひきつけられ、どうにもやめられない。おもしろい。おもしろい。

    次の週の放送で紹介したら、すぐに反応があり、「パパラギ」コーナーを設けて、
    2ヵ月にわたってのシリーズとなった。それがもとになったらしい。
    名古屋の本屋でのベスト・セラーになったのだ。

    書店も、出版元もびっくりしたという。「どうして名古屋で売れるのや?」
    「パパラギ」の編集をしたのは、松田悠八さん。 松田さんには姪がいる。
    康ちゃんは、フォークスのスタッフ、正村和子の友人で、正村から、『パパラギ』の話を聞いていた。
    康ちゃんは、上京したおりに、悠さんの家に寄り、その本棚に『パバラギ』を見つけ、
    「笠木透がすすめとった本や」と、言った。

    まさか、自分の身内が、編集した本だとは知らず、そう言ったから、
    悠さんはびっくり仰天の有様となったらしい。意外で、不思議なめぐりあいだった。

    でも、いつか出会うはずの出会いでもあったろう。
    スランプで、うたが出来ない年が続いていたぼくは、この本に出会って、メからマナコが落ち?、
    再び詩を書きはじめ、そして、安達元彦と、まとまった、ひとつの仕事をした、記念すべき本となった。
    
    ぼくも、安達元彦も、サモアを知らない。
    ツイアビさんの想像力と、洞察力に、どこまで迫ることが出来ただろうか?
    そのうち、サモアヘ行ってみたいものだ。

 
                ー ラウラウ書房 「FOLKS  SONG BOOK Vol1」(1987年夏)より引用 ー



   安達元彦さんが、「パパラギソング」について語っていること


    '81年暮から笠木透さんとの「パパラギ」連作がはじまりました。
    60年前、ヨーロッパを観た西サモアの酋長ツイアビさんの澄んだ目は、
    現代日本のぼくたちを鋭くつき刺し、 それは「一般的文明批評」にとどまらず、
    歌作りでの音楽的な面にも深く及んで、 
    従来の「歌」の概念を大きくやぶっていく必要を迫るものでした。

     ・・・・・・・・・

    発表すべきコンサ一トが迫り、毎日のように速達でとどく笠木透さんの詩に追いまくられながら
    「時間はたっぷり、ああ時間は楽しい」と作曲しなければならないとは? 
    現代文明都市での時間とは時計の針、いや、今やそれはディスプレイ上の液晶数字か?
    サモアでの時間は、生命の営みそのもの。
    刻々の細胞の生成消滅から大宇宙の運行までつながったものとしての。
    己れが「ジャパニ」白人化した日本人であることを否応なく思い知らされたことでした。 

      ・・・・・・・

    『パパラギ』連作を「哲学ソング」だと言った人がいました。
    詩だけでなく、音楽のスタイルに関しても。
    「なるほどナ」と思いましたが、
    また、この歌集ほど、歌っているときに客席に笑いがたえなかったのもめずらしい。
    そうしてときに大声でゲラゲラ笑いながらも、
    ビックリするくらい深く集中して聴いてもらっている雰囲気がステキでした。



                   ー ラウラウ書房 「FOLKS  SONG BOOK Vol1」(1987年夏)より引用 ー


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